追補 お茶の水 第八回
うさお&Cacco
「東京鉄道遺産」小野田滋著によれば、新永間市街線煉瓦高架橋は新橋ー永楽町間に通されたので、永楽町(今の東京駅付近)までが煉瓦高架橋でした。なので東京駅-神田駅間は実は別の路線です。
では、東京駅から萬世橋までの煉瓦高架橋は何かというと、当時中央線(旧甲武鉄道)が御茶ノ水駅まで完成しており、これを延伸して東京駅までつなぐものです。東京萬世橋間市街線と呼ばれています。
つまり、神田駅―東京駅間は中央線の路線です。
外観は新永間市街線と同じですが、構造は鉄筋コンクリー造になり、基礎杭も松杭から鉄筋コンクリート杭に変り、耐震性能が上がっています。外観は新永間市街線に似せて、表面に煉瓦を張り付けたものに代わっています。
昌平橋高架橋から萬世橋高架橋までは、新永間市街線と同様に煉瓦高架橋の構造を採っています。それに萬世橋駅の構内の引込線のエリアもあり、部分的に盛土式高架橋という構造を採っています。外側は煉瓦高架橋と同じように煉瓦壁を拵え、内部に盛土を行ったものです。
新永間市街線と同じみえる区間は煉瓦高架橋、壁が煉瓦ですっぽり覆われているところは盛土式高架橋です。
昌平橋から萬世橋の俯瞰 google mapより
萬世橋から昌平橋方向を見てみる 2013年9月15日
高架橋下は小洒落た店舗が並ぶ 2013年9月15日
土手と水面の高低差があまり無い川は、いつも吸い込まれそうな気がします。神田川の万世橋辺りは特にそう感じます。何かが招いています。
吸い込まれそうな神田川 2013年9月15日
萬世橋の親柱 2013年9月15日
高架橋の煉瓦拱橋の内側に刻印が見えているのが特徴です。大体、刻印は積み上げた時に見えないようにしてありますが、萬世橋高架橋はあえて見えるように設置してされているそうです。
見上げると刻印が見えるはず 2013年9月15日
新しい煉瓦高架橋の所為か壁面が平滑で、特有の凸凹感がありません。メダリオン(ウォールデコ)も破損なく綺麗に残っています。
基部の煉瓦は重厚感に欠ける 2013年9月15日
でも煉瓦高架橋は何か特別です 2013年9月15日
当時の萬世橋駅の写真を見ると、島式ホームであったことが判ります。ここが甲武鉄道の終端駅になりました。その後、甲武鉄道は国有化され中央線として東京駅まで繋がります。
旧萬世橋駅
乗り物ニュース
より
マーチエキュート神田万世橋の階段を昇ると、旧停車場(古い~表現が!)を眺められる一角があります。軌道と軌道の間の空間を利用して、中央線の電車の通過を見ることが出来ます。鉄道ファンのみならず心が揺さぶられます。昔の「まんせいばし」の電柱もサービスで見ることが出来ます、かな?
旧ホームへの階段 2013年9月15日
電車の通過は凄い迫力だ! 2013年9月15日
「まんせいばし」の駅名が・・・ 2013年9月15日
この旧万世橋駅の見学の後、Caccoは「棄景」の作者:丸田祥三さんのお話を聴きに、秋葉原のワシントンホテル・ボンサルーテ・カフェに赴きました。主催は書泉さんです。「鉄道”情景”写真の世界」のテーマでした。「棄景」として「まんせいばし」も紹介されたかな。
写真展のパンフレット 2013年9月15日
丸田祥三さんの講義 2013年9月15日
丸田さんのサイン会 2013年9月15日
書泉から贈られた盛花 2013年9月15日
昌平橋高架橋のあたりに昌平橋仮停車場があった筈です。中央線が御茶ノ水駅から萬世橋駅まで延伸するまでの僅か2年間だけ昌平橋仮停車場がありました。
神田川に掛かるお茶の水橋梁 地下鉄丸の内線 2014年6月13日
この辺りがホームの始まりか? 2014年6月13日
高架橋の上にホームがあったと思われる 2014年6月13日
昌平橋駅があったであろう場所をgoogle mapで教えてもらいます。多分この辺り。
旧昌平橋駅であろう高架橋 google map street view より
東京トリップに昔の昌平橋仮停車場の写真がありました。
旧昌平橋駅
東京トリップ
より
昌平橋架道橋 2014年6月13日
昌平橋架道橋から萬世橋架道橋まで歩いてみます。
南に向かって歩きます 2014年6月13日
綺麗なメダリオンと盛土式高架橋 2014年6月13日
小洒落たお店目当てにで外人客も多い 2014年6月13日
橋側歩道を支える煉瓦積みが美しい 2014年6月13日
あっ、ここ、何かよい! 2014年6月13日
萬世橋駅に到着 2014年6月13日
萬世橋架道橋から神田駅方向を眺める 2014年6月13日
マーチエキュート神田万世橋の入口の工事を行っていました。茶色い煉瓦タイルで囲まれた処が工事の資材置き場でしょう。
旧萬世橋駅側の壁面工事 2014年6月13日
旧萬世橋駅側の壁面工事 2014年6月13日
神田川側の煉瓦意匠は白い石積みのアクセントがあり道路側よりお洒落だ。
2014年6月13日
マーチエキュート神田万世橋 2014年6月13日
おまけ
財政困難な明治14年に、国は鉄道の運営を民間に任せ、それを受け、雨宮啓次郎らは新宿から羽村間の馬車鉄道(甲武馬車鉄道)を計画しますが、別の私設鉄道事業が蒸気駆動を申請したため、甲武鉄道も蒸気駆動の申請をします。
その後雨宮は、安田善次郎の資金協力を得て甲武鉄道を開業させました。新宿―牛込―飯田町―万世橋間の市街線は、日本の普通鉄道では初めての電車走行でした。
甲武鉄道は完成と同時に国有化され、新永間市街線と共に今の中央線になりました。
飯田橋アイガーデンパレス・ホテルの階段には、甲武鉄道の0㎞の起点の碑が残っています。
ホテル前にレールが残っている 2019年3月27日
レールが敷設してある正面のビルが、飯田橋アイガーデンパレス・ホテルで2階に上る階段の途中に0㎞の碑があります。
甲武鉄道0㎞の碑 2019年3月27日
甲武鉄道牛込駅は牛込橋から歩いて一分程度のところにあります。
牛込橋 2018年10月12日
駅の構造がよく分からないので、当時の図面を見ると、公園からお堀に跨線橋を渡って、ホームに行くようです。
牛込駅の図面 幻の東京赤煉瓦駅 §9 _ 新訂 旅と歴史から
この石垣も駅構内に沿っている 2019年1月24日
反対側からも見てみます。痕跡はよく分かりませんが、護岸が石積ではなく、煉瓦造りなのでこれは当時の名残りではないかと思っています。
キムラヤの料理店から覗くと断崖絶壁 2019年1月24日
反対側から眺める 2019年1月24日
堀の護岸は煉瓦造 2019年1月24日
確かに煉瓦 2019年1月24日
※参照:トマソン隊
179 飯田橋界隈