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                  Tomy jr.

 私は何故、歌を練習しないか


以前にTomy jr.さんにお願いしたことがあり、それに応えて頂いたものです。
「歌唄いの系譜」的な自伝などをお書きになりませんか?
普段の練習はどうされているのか、歌をどう解釈されて唄うのか、元スタジオ設計や音楽ホールの音響設計をしていた身には大変興味のあるとこです。」


前々回、前回(スタンダードな日常から⑮⑯)と、人間の声による音楽、つまり「歌」こそ“音楽の原点”であると書きました。そして昨年11 月に行った小ホールでのアカペラ(無伴奏)コンサートの様子を紹介したところ、音響工学の専門家から「ヴォーカリストはどうやって歌の練習をするのか興味があるので教えて欲しい」とのご要望を戴きました。

私が知っているヴォーカリスト仲間の殆どは女性で、ヴォーカルスクールか特定のお師匠さんに付いて定期的にレッスンを受けています。というか、女性は男性と違って何か始める場合はまず「習う」という行動をしますし、そもそもヴォーカリストは(特にジャズの場合は)殆どが女性なので、大抵は何処かで誰かにレッスンを受けているのです。

これはヴォーカルに限らず、女性は昔から茶道や華道やお裁縫やお料理など“お稽古ごと”に慣れ親しんでいて、何かといえば一緒に通う生徒さん同士で定期的に会っておしゃべりしたりお茶をしたりとコミュニケーション自体を楽しむ習慣というか性質があるのだと思います。これに対して男性の殆どは、そういう“お稽古ごと”文化が皆無なのです。

典型的なのはゴルフで、最近は女性ゴルファーが増えたといえ比率的にはまだ圧倒的に男性が多く、ビジネスにおいても「接待ゴルフ」などがあるくらいですが男性はゴルフ雑誌を読み最新の道具やボールに大金を費やすのにスクールやレッスンプロに習っている人は殆ど居ません。週末ごとに練習場に通っては自己流のヘタなスイングを固めているのです

昔「地図が読めない女、話を聞かない男」という本を読んだことがありました。その本では男性脳、女性脳という言い方で違いを説明していましたが、やはり男性は知らない場所でハンドルを握っても地元の人に道を聞く(コミュニケーションを取る)という選択はせずに自分で考えて結局ドツボに嵌る傾向があるそうです。ま、男ってのはバカなんですねー。

少し話がズレましたが、ヴォーカルのスクールに通ったり師匠について習ったりしているのであれば、レッスンを受けるでしょうし、そのレッスンで指摘された課題などを意識しながらどこかで練習もするでしょう。でも誰にも習っていない場合はそういう場がありませんから教えてもらうこともありませんし誰も「ダメ出し」すらしてくれません

改めて「自分はどうやって歌の練習しているのか」と考えてみましたが思いあたりません。これがヴォーカルではなく楽器であれば運指の練習などはするでしょう。私もコロナ過でステージに立てなかった時期に自宅でウクレレやハーモニカを始めましたがメロディをちゃんとなぞったりコードを押さえたり出来るように何度も何度も練習した覚えがあります。

楽器は思っている音を出したり、コード(和音)を鳴らしたりするだけでも難しいので練習しないと演奏が出来ません。でも声は日常的に出しているので、出そうとする音は一応出るという点が違うのかも知れません。少なくともスクールや師匠にレッスンを受けたことがないナンチャッテヴォーカリストの私は「練習する」という感覚が殆どないのです。

あと知らない曲はメロディ通りに口ずさむこと自体でも練習が必要でしょう。ただジャズはスタンダードと呼ばれる耳馴染のある曲が対象ですので、自分にとっての新曲も全く聴いたことがないということは滅多にありません。また私は“スタンダード・ヴォーカリスト”と称して、ジャズに限らず古くて知っている曲を歌うので練習が不要なのかもしれません

「練習が不要」というのはステージで歌うための練習が必須ではないというだけで、充分に上手だという訳ではありません。「練習は裏切らない」ので練習すればどんなに上手でも下手でもプラスにはなるはず。でも私は上手くなりたいのではなく「歌いたい歌を歌いたいときに歌いたいように歌いたい」だけなので、練習するよりステージで歌いたいのです。

ゴルフに例えれば、練習場で何カゴもボールを打ってスイングを良くして上手くなるよりも、下手なままでミスショットを連発してもゴルフコースを回る方が楽しいのです。但しステージでの録音はしますし後から必ず聴きます。それは他人に聴かせている責任上です
たまに自分の演奏(歌唱)を録音しない人が居ますが、それはダメだと思います。

そういう人は「私はヘタで聴くと落ち込むから」とか言いますが他人に聴かせている以上、それを自ら味わい自覚する事は最低限のマナーです。もし「下手過ぎて聴くに耐えない」なら、そうでなくなるまで他人の前で披露すべきではありません。私も自分の録音を聴くと「ああ、下手だ」と思いますが「ま、自分はこんなもんだろう」と納得するのです。

大失敗をして「うわぁ酷い!」という時は聴きたくないのですが、録音を聴くと大抵は思ったほど酷くは無く、逆に「今日は会心の出来だ!」という時は思ったほど良くも無いのです。要するにそれは主観と客観の違いなのでしょう。録音は客観的な記録ですので、演っている本人の主観ほどブレないのでしょう。結局、「ま、こんなもんだ」となります。

以上がナンチャッテ・ヴォーカリストである私の練習(をしない)事情です。つまり向上心が無く、ただただステージで歌うことが楽しいだけだからです。もし向上心があって少しでも上手くなりたいなら練習するでしょうし、音楽的な造詣が深い先達などにレッスンをしてもらうべきでしょう。そうすれば必ず上手くなるはずですからね。

私は下戸ですが、お酒を呑むことが大好きという人は多いと思います。ではもっと楽しくお酒を呑むために「お酒の呑み方講座」を受けようとか師匠に習おうとか思いませんよね。
ただただ好きな時に好きな酒をじぶんのペースで好きなように呑みたいでしょう。私の歌もまったく同じなのです。私は好きな事を“習い事”にはしたくないのです。(2026.7.28)