隠された地下鉄駅駅
うさお
国会図書館 東京地下鉄道史 坤に幻の地下鉄駅「萬世橋駅」の記述が見えます。
第十節萬世橋假停車場の項です。
第2工區上野萬世橋間を工事中の際,其の先き神田川河底随道工事に續き神田に至る第3工區の工事は震災複興地區改正未濟部こ於ける家屋密集區の直下を経て神田鍋町に出て神田停留場に達する設計で,第2工區落成後相當時日を經て後神田迄完成するの狀態に在り又末廣町停留場より第2工區の終端萬世橋迄は605mの距離があるので此の終端に萬世橋假停留場を設置する事とした。之が爲同所に設けた終端複線の下り線上を乗降場に供し,末廣町と萬世橋假停留場間は上り線上を單線運転をして往復に使用し未廣町に列車折返しの亘線を設け浅草より上りの列車は交互に末廣町行萬世橋行の2種とし前者は末廣町止りとし亘線によって直に浅草に折返し後者は其の儘萬世橋迄進入し單線を逆行末廣町停留場の亘線に依って下り線に移るの運転組織とした。假停留場個所は神田川河床隊道に向け下降する2.5%勾配線内に在るので列車運転上の安全を期し停留場部分を水平線となす爲1部分隧道構築の天井を高く造り,元設計通り上り下り兩線共軌道を敷設し下り線上に長11O呎(33.53m)の木造假乗降場を設け本線は敷設せる軌道上に木造假架臺を置き其上に更に別に假本線を敷設した。
隊道側壁は乗降場面以上の部分に變更を加へて幅11呎(3.35m)長35呎(10.67m)の客扱室を地下に置き幅6呎(1.83m)の出入口階段通路を歩道に設けたが本個所は神田區花房町の神田川寄りの隅角で松住町方面其の他より,地表電車の集合する地帶に隣りし,鐵道省高架線萬世橋驛は神田川の對岸間近かに在り交通の要點であった。
假停留場は昭和4年12月31日営業を開始し昭和16年11月30日次工區開業の前日迄使用し閉鎖後客扱室と之に接續する出入口は通風口に改造利用したのである。
假停留場は其の設置に関しては特記すべき事項は無いが次工區営業開始に當り驛務を1日も中断する事なく開業する工事を施工した順序方法に關しては特記の價値がある。先づ假停留場閉鎖に先立ち,第3工區構築完成し神田方面に至る上り線軌道の敷設をなす必要上,使用しつつあった假本線及假架臺を撤去し,共の下部に敷設してあった勾配本線を運転に使用する事とし,列車運転休止後深夜之等の撤去工事及假乗降場の柱を切り詰め乗降場位置を下げ本線の勾配に準應せしむる工事を数時間内にて完了し,尚低下乗降場と客溜室床との間に假に階段を作り停留場に到着の列車は停留場前にて一且停車し後急勾配の乗降場に進入する事とした。
後暫くして神田方面迄榮業開始の時日が迫った際,1夜に假乗降場を取拂ひ,下り線を末廣町停留場より萬世橋に至る單線往復運転に使用し車輌と客溜室の間に小階段を付して営業を繼續して神田方面よりの下り線の軌道敷設及試運転に支障なからしめ,開業の前夜客溜室前の階段を撤去し普通複線路に復歸したのである。
斯く假停留場をして新線開業迄1日も驛務を廃せずして利用する爲には前記以外に信號其の他に多少の特別施設を要せるものがあった。
旧萬世橋駅(假停留場)は昭和4年12月31日から昭和16年11月30日までのほぼ12年間間だけ、客扱いをしその後、その出入口は通風口に改造された幻の駅だったのです。
今でもこの区間はライトアップされ、電車の中から目を凝らせばホームや柱を見ることが出来ます。
假停留場の断面、平面図が鉄道史に載っています。この階段分の出入口は「EDION」の店舗前の歩道に通風孔としてみることが可能です。
国会図書館 東京地下鉄道史 坤 より
手前のグレーチングが萬世橋駅の入口階段でした google より
鉄道史に川の水流を迂回させながら工事を行った貴重な写真が残っています。