「戦争と有事
ウクライナ戦争、ガザ戦争、台湾危機の深層」
佐藤優・著/2024 年 ㈱Gakken
Tomy jr.
《総評》
我々日本人にとって「戦争」といえば、開国した明治以降に経験した日清・日露戦争や太平洋戦争など「国家の存亡をかけた総力戦」のイメージしかない。従って最近になって現実味を帯びてきた台湾「有事」も、外交交渉の決裂による国家間の総力戦の端緒と認識するため、外交上の方策に思いを巡らせることが出来ない。そして戦後80 年間は、米国の占領下で憲法に戦争放棄を明記して軍隊を保有しないことが唯一の「平和への道」だと教育されてきたため、ロシア対ウクライナやガザ地区でのイスラエル対アラブ諸国など常態化した戦争を外交の延長としてどう捉えたらよいのか分からない。この本はそんな「戦争ガラパゴス島の住人」である我々日本人に対して、世界のデファクトスタンダードであろう「戦争の常識」を教えてくれる。
《構成と内容》
序章 なぜ人間は戦争をやめられないのか?
第1 章 ロシア・ウクライナ紛争の行方
第2 章 ガザ戦争に潜む殉教と報復の論理
第3 章 東アジアの有事の可能性を読む
第4 章 戦争と平和-日本の国防と未来
《著者プロフィール》
佐藤優(さとう・まさる)1960(昭和35)年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了、外務省に入省し在ロシア連邦日本国大使館勤務、同省国際情報局分析第一課で主任分析官。
2002 年6 月に背任と偽計業務妨害の容疑で逮捕、起訴され2009 年執行猶予付き有罪確定、2013 年に執行猶予期間満了。「国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて」で毎日出版文化特別賞受賞。「自壊する帝国」で新潮ドキュメント賞、大矢壮一ノンフィクション賞受賞。
《読書の経緯》
著者はマスメディアにおいてインテリジェンス(情報分析)の専門家としてよく登場していたため名前等は知っていた。某研究会で、彼が国民の立場に立って身を賭して外務官僚の悪業を内部告発していると知って改めて興味を持ち、この本に出会った。
《所感》
先の衆議院選挙で高市自民が圧勝し、左翼勢力は軒並み大敗を喫した。この要因の一つは、ロシアや中国、北朝鮮など隣国の軍事的脅威が具体化するなか、これに対する左翼勢力の思想や政策が現実離れした“頭の中お花畑”だと多くの国民に断じられた結果ではないか。
軍備を排して丸腰で他国に対して声高に「戦争反対」を唱え続ければ世界平和が訪れるとは冷静に考えればあり得ない事だが、日本では長い間この考え方が多くの支持を得て来た。
核保有国が戦争で核攻撃をしないのは、すれば自国も核攻撃をされるからだという本書の説明は実に明快だ。つまり日本が核攻撃されないのは日本国憲法第9 条に戦争放棄が明記されているからではなく、日本に米軍基地があり日米安保条約があるからで、つまり米国の「核の傘の下」に居る事が「核抑止力」になっているからである。文章にしてみれば余りにも当たり前に感じるが、日本ではその当たり前の考えが長らくタブー視されてきた。
もし世界中の国々が一斉に核を含む全ての兵器や軍備を破棄したら世界に平和が訪れる事は間違いない。だから日本がいち早く憲法に戦争放棄を明記し (自衛隊は災害救助の専門部隊にするなどして) 軍隊を保有せず、世界に同調するよう働きかけることは「理念」としては成立する。しかし世界中の国々がこれに同調して世界平和が実現する見通しなどは皆無なのだから極めて非現実的であり、少なくとも国家の「政策」としては成立しないだろう。
そして著者は、ある国を理解しようと思ったらその国の「内在的論理」を知ることが大切だと説く。例えば、ヒトラーによるジェノサイトを経験したユダヤ人が建国したイスラエルの「内在的論理」は「世界中に同情されながら滅びるより、世界中を敵にしてでも生き残ること」だという。そしてロシアやウクライナやアラブ諸国の内在的論理も、その国の歴史と共に、我々日本人が苦手とする「宗教」の知識がないと理解できないようである。
また「相互主義」という概念を知らないと国家間の戦争を理解することは難しい。「相互主義」とは、戦争で攻撃対象となる相手国家にも同等の反撃の権利がありそれを想定することである。2024 年4 月にイスラエルがシリア国内のイラン大使館を爆撃した際、イランは即座にイスラエルの軍事拠点へのドローンによる報復攻撃を行ったが、相手国がドローンを撃ち落とす時間的猶予を考慮して攻撃開始と同時に報復した旨の声明発表をしたという。
このようにしてイランもイスラエルもお互いの被害を最小限に抑える事で全面戦争になることを回避しながら、お互いの内在的論理と相互主義を原則に戦争をしているのだという。
筆者はこれを「プロレスのようなもの(=出来レース)」と称しているが、これが世界において内在的論理が全く異なる隣国同士が共存していく「したたかな外交」というものであり、「戦争は外交の一部」であるということを如実に表している事例と言えるだろう。
我々日本人は、友好的な外交が決裂して戦争になると考えるため「一億火の玉」などと戦争を感情的に捉えがちだが、世界において戦争は外交の一手段として冷静に計算しており、必ずしも「戦争=国家の存亡を賭けた総力戦」ではないと認識する必要がある。この認識と諸外国に関する予備知識があれば、前出のイランの公式声明も国営放送で行われているので、内容と放送タイミングによって国家としての意図や情勢を読むことができるだろう。
インテリジェンスや諜報というと、つい映画の007 のような特殊な能力に基づいた活動を想像しがちであるが、本書では、上記のように公に利用可能で公開されている情報を収集、評価、分析する「オープンソース・インテリジェンス(OSINT)」という手法を駆使することの重要性も説いている。しかしよく考えると、本来これらは我々国民一人ひとりが行うのではなく、新聞などのメディアが果たすべき社会的責務ではないだろうか。(2026.3.18)
