健
【つげ義春追悼】
つげ義春は「紅い花」、「ねじ式」など衝撃的な作品を発表した後、ノイローゼを発症し思うように描けなくなり、不意に旅に出たり蒸発を繰り返し、時に自殺未遂まで起こしている。漫画を描くことから距離を置き喫茶店経営を夢見たり、古本や中古カメラ等の古物売買に手を染めたりしたがうまくいかずこの間の出来事をモデルに「散歩の日々」「石を売る」「無能の人」などの自伝的作品を発表。最終作となる「別離」前編・後編をComicばく」1987年6月・9月号)に発表して以来、休筆状態となっていた。
ファンとしては新作を待ち望んで39年。次作を促すかのごとく数々の選集本や全集が出され、映像化もされてきた。
一方では作品の芸術性の評価が高まり、芸術新潮(2014年)に特集が組まれ、海外では、フランスで開催された第47回アングレーム国際漫画祭(2020年)で特別栄誉賞を受賞。インタビューに顔を出すこともあり作品の意図や現況について素直に語っていたので生存確認だけはできていたがとうとうこの日がきてしまったという想いだ。

アングレーム国際漫画祭・つげ義春展図録
つげ義春の作品については、「うさお」さんの掲載した新聞の他にも多々論評がなされているので代表作のほかに好きな作品をあげて哀悼の念を尽くしたいと思う
『古本と少女』 初稿1960年2月号『Meiro2』(若木書房)掲載
改稿1966年9月号『ガロ』(青林堂)掲載
貧乏な学生が馴染みの古本屋に1000円の初版本を毎日のように見に来ていた。学生はその本が欲しくてたまらないが金が無く買うことができずにいた。ある日いつものようにその古本を立ち読みしていると、本の隙間から1000円札が落ちた。学生はとっさにその1000円札を拾うと自宅へ逃げるように帰った。しかし、本来の持ち主に返すべきと考え古本屋へ向かう。その時ちょうど本の前の持ち主が現れ、買い戻そうとする。学生は拾った1000円札を出し、自分が先だと主張するが、前の持ち主は1500円を出し買い戻してしまう。学生は青年の態度に腹を立てる。学生は1000円をどうすべきか迷うが、結局本の持ち主に返そうと家を訪ねる。しかし、青年は本の間に金を入れた覚えはなく、逆に学生の居所を探していたという。あっけにとられる学生に、青年は「帰ればわかりますよ」とほほ笑む。

元原稿
別のバージョン
別のバージョン
別のバージョン
つげ義春が23才の時に描いたもので珍しくロマンティックな作品。当時の1000円はまだ聖徳太子の頃で今の価値の10倍くらいはしたと思う。読み始めてすぐ気づくのが少女の挙動と不自然な表情。ラストを見て少女の心理状態をうまく描いているなと納得。つげは当時、犯罪ものも多く手掛けていたので甘い内容に加え思わず金を手にし、犯罪者になりかねない者の心理をも描いている。初稿では少女というより未亡人にも見え、書き直しによって現代風になり洗練されたものになっている。古本屋の店主が結構いい味をだしているがこの顔はお気に入りなのか多くの作品で使われている。この作品に敢えて突っ込むとすればこの学生が少女の思いやりよりも本を手に入れたことのほうに大喜びしていることだろうか。
『ほんやら洞のべんさん』 1986年6月『ガロ』掲載。
ある漫画家の青年(つげ)が作品の題材を求め、越後魚沼郡のはずれにある「べんぞうや」という半年も客が来ない貧しい宿屋に泊まり、主人であるべんぞうと囲炉裏を囲みお互いの身の上話を語り合う。一介の旅人である青年は信濃川のハヤ捕りや宿の雰囲気に旅の気分に浸るが、べんさんは半年振りの客に張り切ったり落ち込んだりを繰り返しあくまで宿の主として行動する。鳥追い祭の夜、養殖場の錦鯉を盗む事を決意し、青年を連れて行く。
魚沼郡の位置
そこでひとりの幼女に出会うが、実はべんさんの娘であり、盗みに行った錦鯉の養殖農家はべんさんの妻の実家であったことが知れる。妻の実家は家族ぐるみで宗教に入信し、鯉の養殖がうまくいっているのも信心のおかげだと考え、べんさんにも勧めるが、べんさんは「そんなやつの顔も見たくない」ほど気に入らない。
腹いせに高額な鯉を盗み毎日その鯉を眺めて溜飲を下げようと企てる。盗む事には成功するが、網に入れて持ち帰った為か宿に着いた頃にコイは凍って絶命していた。
その夜、10万円の金兜(鯉)の料理が出されるが、べんさんは盃を片手にごろんと横になり、ふてくされたままだ。
青年はこれまでの行動を人が見ていたらどう見えるだろうかとか、どう思うかなどとべんさんにあれこれ語りかけるが、
「お前さまはべらべらとよくしゃべるね」
べんさんのこの言葉で物語は締めくくられる。
つげ義春の旅ものジャンルの作品。ほんやら洞とは雪洞のこと。宿の名前は「べんぞうや」、雪下ろしをさぼって雪洞(かまくら)状態ということだ。精密に描かれた風景の中にのほほんとしたタッチの人物を描いているのは水木しげるの影響か。寒々しい越後の山の雪景色が青年の焦燥感、一人暮らしのべんさんの孤独感と重なる。それを救っているのがハヤ獲りや鳥追いの祭事を取り入れることで画面を活き活きとさせている。べんさんと青年のかみ合わない会話の妙も奥深いものがある。ラストのべんさんの一言が効いているが更に次のコマで時計が鳴るのは人の営みには無関係に時は流れてゆくということか、ちなみににほんやら洞という喫茶店が京都市をルーツに東京国分寺などに存在するがそのほとんどがこの作品に由来している。
『つげ義春MYコレクション』
つげ義春テレホンカード
コミック1970 Vol.1 2002年12/1 平成14年 徳間書店
週刊アサヒ芸能の増刊号、1970年のレジェンド的コミック作品を特集したもの。
読者プレゼントとして非売品ではないが雑誌に挿入されているはがきでの応募が必要だった。
当時、抽選品のテレカしか収集対象ではなかったがつげ義春のテレカなどこの先、作成されないだろうと思い応募した。
※つげは1970年に双葉社の『現代コミック』創刊号に李さん一家の続編というべき『
蟹』を発表した。
つげはひんぱんに家を空けることが多く、この作品はいはゆる蒸発もの。一切の人間関係を断ち切り一軒のボロ家を借りるが水気の無い縁の下に住みついた蟹がもたらす小さな騒動を淡々とした日常の中に描いている。
つげ義春 調布・多摩川オリジナルフレーム切手
2023年10月発売(現在品切れ中)絵柄は多摩川住宅や多摩川など調布市内を描いたとされる10種類。
企画したのは調布市出身でつげファンでもある郵便局員。
1966年より水木プロで働くため調布に居住しているつげの作品には調布や多摩川の風景が度々描かれている。切手はそれらの中より選ばれたもの。
『早川書店ブックカバー』 絵・藤原マキ(つげ義春の妻)
上図のブックカバーの前につげ義春の『紅い花』の一部を使ったブックカバーが使われていたのだが一年程度で変えてしまったとのこと。
それを知ったのは下記に紹介する「ぼくは本屋のおやじさん」早川義夫・著(晶文社)という本なので残念ながら実物にはお目にかかっていない。
早川書店の店主は一時音楽界から身を退いていた早川義夫。大のつげファンで「つげ春乱」の名で作曲もしている。
上のブックカバーが作られた経緯は前述の本に書かれている(下記参照)。
